私の記憶が確かならば、私めは昭和27年3月に東京の世田谷区立砧小学校を優秀なる(?)成績で卒業したことになっている。しかるに、中学校は渋谷にある学校に進学しその後引っ越しをしたこともあり学友とは一切音信不通となって今日に至っている。同窓会の類とは全く無縁できてしまったが、この歳になるといささか寂しい思いが募ってくる。
我が愛する母校の名前は“砧”と書いて「きぬた」と読む。逆さまに読むと「たぬき」となるので、昔はよく他校の悪がきどもに「たぬき、たぬき」とはやされたものだ。今となっては懐かしい思い出である。
爾来何度か母校の前を通ったことはあるが、何となく訪ねるのが恐くてそのままにしてしまっている。“恐い”というのは、余りにも変容した今の学校の姿を見てしまうと昔のイメージが壊れてしまうのではないかと思うからである。
まあ、母校とは遠くにありて思うもの、という感じであろうか。どなたか、当時の学友がいたら、連絡してほしいとは思っている。
追記3(2011-05-01)
4月4日、同期卒業の石井洋一君(6年3組)からメールで連絡をもらった。この欄を設けてから実に14年振りで同期の仲間から反応があったことになる。実にうれしいことであった。
近く同窓会を計画しているとのこと。参加したいと思っている。
追記2(2003-6-25)
最近、砧小学校のホームページが作られたことを知りました。昭和27年頃に卒業した人は、今やインターネットなどには関心を持たない世代となってしまったようで、いまだ同期の誰とも連絡がついておりません。残念なことです。
追記1(2000-10-17)
この校章は、小学校の外壁にあるものを武部信義氏(昭和25年の卒業生であるとのこと)が撮影し提供してくれたものである。

(砧小学校の校章)
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