続・素朴な疑問
(29)

web3.14はどうして作られないのだろう?

 web3.14はどうして作られないのだろう?

 web2.0なら聞いたことはあるが“web3.14”など聞いたこともないというのが大方の反応ではないかと思う。その通りである。私めが、たった今(2006-5-20)名付けたばかりのもので、実名でのみ情報発信が許されるウェブ世界のことである。

 ウェブの世界では、今、従来の固定的ホームページ(web1.0)からもっとダイナミックに変わるweb2.0と呼ばれるものへ進化する議論でかまびすしい。
 web1.0は、一度掲示されると以後は更新されない類いのものと定義されているらしいから、私めが作っているようなホームページはまさにweb1.0に属するものである。「更新されない」と書くと、更新を怠っているホームページのように聞こえるがそういう意味ではない。更新はあっても、一度掲示された部分はそれでfixしてしまうという意味であろう。

 こういった議論で気になるのは、何か固定的であることが悪いことのように聞こえることである。何でもダイナミックに変りさえすればよいというものでもなかろう。私は変化している真っ最中のページなど見る気にはならない。変化が収束しfixしてから、ゆっくりと拝見しようと思うに違いない。もっとも、web2.0のねらいは参加者全員が議論に参加しつつページ内容を更新させていくというところに意味があるのであろうから、読むだけの参加者は埒外に置かれているのかもしれない。ある有名な作家の小説で、発表後に最終部分が何度も何度も書き直されて、どれが本当の作品なのか分からなくなってしまったものがあるという。ある時点で固定化(fix)することも大切なのではないかと私は思うのである。

 それよりも、私が求める理想のウェブの形態は匿名を許さない実名(戸籍上の名前)でのみ登録できるものである。これを仮にweb3.14と呼ぶことにしよう(命名の理由は後述)。

 ウェブ上で情報発信する場合、実名がいいか匿名がいいかは議論の分かれるところである。多分、いくら議論をしても決して結論が出ることはあるまい。匿名が許されるからこそ、普段実名ではなかなか言えないことが自由に言えるようになるのだと主張する人たちがいる。それが利点である場合も確かにあろう。しかし一方で、匿名であることをいいことに罵詈雑言、非難中傷、暴言のあらしという悪い面ばかりが目立ってきている。むしろ悪い面の方が多いと断言してもよいくらいのものである。匿名が許されるのは、話題が自身のことに触れなければならないときであろう。自身の個人情報とは何の関係もない事柄について第三者を批判する場合は、必ず実名で行うべきである。そして自身の発言内容にそれなりの責任を持つべきなのである。

 私めは、1996-8-10に実名でホームページを公開して以来約10年(*1)になる。日に数人しか訪問者がいない辺鄙な田舎にある粗末なホーム(一軒家)といった風情のものであるが、本人はその程度で十分満足している。人通りの多い地域に住む積りはない。しかし最近は匿名や偽名(悪意のある匿名のこと。なりすましを含む)のメールに悩まされている。
 私は匿名の訪問者とは議論をしないことにしている。もちろんメールが来れば(まともなものなら)必ず返信はする。その程度の礼儀は心得ている積りであるが、そのとき特定のテーマに触れることはあっても、決して深入りして議論をするようなことはしない。
【注】(*1)正確には、イントラネットで1年、インターネットで9年である。実名といっても、メールアドレスに自身の漢字名を註釈的に必ず添付しているだけのことであるが。


 もし実名/匿名の是非に結論が出ないとすれば、実名が良いと思う人たちだけで別のウェブ世界を作るしかない。実名で発言し、その発言内容に責任を持つのが実名ウェブの世界での基本的なルールであるとする。実現には色々と困難はあろうが、そういう理想郷(?)を求めて私はweb3.14を作ってほしいと熱烈に願っているのである。

 実名ウェブの世界では特に個人情報は守られなければならない。戸籍上の実名(戸籍のない国もあるらしいが‥‥)さえ名乗ればあとは普通のウェブと同じである。プロバイダがそのチェックを厳密に行って契約する必要がある。
 匿名ウェブ(つまり従来のウェブのことですな)の世界の人たちも自由に閲覧することができる。しかし投稿したりメールを送ったりして実名ウェブの世界に影響を及ぼすことはできないようにする。実名ウェブの掲示内容について、匿名ウェブ上で言及するのは自由(もちろん表現の自由で許される範囲内で)であるが。多分、実名ウェブの世界の人たちは、そんなものには目もくれないであろう。

 実名ウェブを作るからには、実名のメールシステムも合わせて作られなければならない。メールはすべて実名で送付されることを原則とし、迷惑メールの発信元となるゾンビPCの存在を許さぬよう発信者を折り返し確認し、承認を取ってからでないと相手方に送付されないようなシステムを新たに構築する(二度手間になるが)。過去のメールシステムのしがらみを背負い込んだままでは到底実現は不可能かもしれない。これが実現し漢字表記の実名が分かれば、昔の友人、知人、先輩、昔の上司を捜し出し連絡を取るのは極めて容易になるに違いない。

 こういった実名のメールシステムのことをここでは“実メイル”(または“実名ル”)と呼ぶことにしよう。“実名ル”は正確に発音する必要がある。そうすれば“メール”などという下品な発音表記は少なくなりmailは“メイル”と表記されるようになるに違いない。

 実名ルの利用者は“匿名ル”(意味分かりますよね)の利用者に送信することはできるが、逆はできない。匿名ルの利用者は実名ルの利用者からのメイルに返信することだけが許される。ただ“Reply-to”に指定されたところへのみ返送されることになる。ここに実名アドレスを書くか、昔(?)匿名ウェブの時代に使っていた自分のメールアドレスを書くか、あるいは公共のゴミ箱名を書くかは実名ル利用者の判断による。

 こういう環境ができれば匿名ル利用者の多くは実名ウェブに移行してくるであろう(これを“実名る”と称する(*2))。そして匿名ウェブの世界は、実名主義の人が少なくなり、実質的に“偽名ル”(これも意味分かりますよね)のみの世界になるであろう。偽名ウェブの世界で偽名アドレスで自由にやってもらおうではないですか。
【注】(*2)こんな造語を作ったのでは、昔お世話になった先輩のY氏にしかられるだろうなあ。


 ところで、なぜweb3.0としないでweb3.14としたのかを説明しなければならない。実名ウェブの世界を構築するには幾多の困難が予想される。そんな理想的な世界ができるはずがないと言う人もいるであろう。それを否定するつもりはない。しかしその理想の世界を目指して努力することがこの際必要なのではないか。そして少しでも理想に近づいたらweb3.141とする。更に理想に近づいたらweb3.1415とする。‥‥、そして理想的なウェブweb3.1415926535897932384626‥‥つまりwebπを目指して永遠にバージョンアップの努力を重ねる必要がある(*3)
 幸いπの値を求めて世界記録を競い合っている人たちがいるから、当分の間(?)はバージョン番号に不足をきたすことはあるまいと信じる。
【注】(*3)D.E.Knuth先生の手法にならって。


 web3.14という実名ウェブの世界はどうして作られないのだろう? 私の願いに耳を傾け、賛同してくれる人はいないものであろうか。
 あぁ、今夜も眠れそうにない。■


【付記】Y氏が教えてくれた「匿名批評に効く万能批評家退治薬

物陰にひそむ無頼の徒よ。名乗りをあげよ。面(おもて)を示してさしかかる者に、面をつつみ、姿を変えて襲うは君子の仕業にはあらず。悪漢、卑劣漢の仕業なればなり。されば無頼の徒よ。名乗りをあげよ

ショーペンハウアー(斉藤忍随訳)「読書について(岩波文庫)」から。