最近腹の立つこと
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返事のできない学生


 最近、名前を呼ばれても返事のできない学生が多い。これは、「腹の立つこと」というよりも、どちらかと言えば「嘆かわしいこと」と言うべきであろうか。
 講義中に、授業を活性化させる目的で、学生に対し簡単な質問を発することがある。100名程の大人数ともなると学生の名前と顔を全員覚えている訳ではないので、出席名簿を見ながら適当に名前で指名する。しかし名前を呼んでも反応がない。出席していないのかと思いながらもう一度呼ぶと、やっと、おずおずと、手を肩の辺りにまで上げて「私です」という意味の反応を見せる。これでやっと本人を確認できることになる。

 この間に声を発することはない。むしろ「何で呼ばれたのか」と不思議そうな、そして少し迷惑そうな顔をしていることが多い。そこで、もう一度最初から質問をやり直さなければならない。簡単な質問だから答を得てすぐ本論に入りたいのに、予想外に時間が掛かってしまうことになる。そういう学生が増えてきているのは先刻承知していたが、今年は特に多いようである。

 目上の人から名前を呼ばれたら、すぐさま「ハイ」と応えて反応するのが常識であろう。こういう常識を家庭で親が教えていないらしい。しかも学校では、そういう学生がいても先生は注意をしない。だから社会人になっても、普通に挨拶ができない、礼儀作法が身についていない困った大人ができてしまうのである。その結果として、大学という社会人になる直前の段階で(企業出身の私めのような先生が)教えてあげなければならない事態になってしまう。実に嘆かわしいことである。

 就職氷河期と呼ばれるほどの就職難の時代である。3、4年生ともなると、授業に出ないで会社説明会、面接等に奔走しなければならないのは気の毒なことだと思う。世の中の景気の動向を恨みたくなることもあろう。しかし、社会人に必要な常識、礼儀作法が身に付いていない学生を採用したのでは、会社にとって将来お荷物になる可能性もある。だから会社側も必死なのである。内定がもらえない原因の一端は、学生の側にもあるのではないかと一度自省してみることも必要ではないかと思う。

 そこで私は、課題で提出されたレポートを名前を呼びながら個々に返却することにした。今までは一括して教員室前の返却箱に入れておけばよかったのだが、そうすると他人の評価結果が分かってしまうし、レポートの一部が(特に、成績の良い人のものが)行方不明になったりするので問題があった。そういう背景があったので、今年から手渡しで返却することにしたのである。同時に、名前を呼ばれて返事をしない者には、個々に注意してみることにした。効果があるかどうかは分からないが。

 受講者全員の名前をフルネームで読み上げるのも結構大変な作業である。最近は、読み方が分からない変わった名前の人が多い。自分の名前を誤って読まれると誰でも気分の悪いものであるから、私はできるだけ正確に読もうと努力する。名前だけでは男女の区別がつかないものもあるから、男性なら“君”付け、女性なら“さん”付けで呼び分けるのも結構難しい。先生の方も、もっと勉強しなければいけないようだ。やれやれ…。