私の作文作法
(3)

「伏せ字」について


 文中で、あからさまに書けないものを表現するには「伏せ字」を用いる。使ったことのある人なら分かると思うが、これが結構便利なものなのである。文書を作成中に目的の文字が見付からないときは、とりあえず伏せ字を入れておくと試し印刷するときなどに便利である。これを“げた”と呼ぶ。

 げたの場合は別にして、伏せ字には普通○や×を用いる。○○社とか××氏といった具合である。数が多くなると、A社、B社、C社、‥‥などともする。人名や社名では“某”という字を用いる。人名のときは、これで「なにがし」と読む。「木下某」といった具合である。いつの頃からか、隠す振りをしてあからさまに書く手法が使われるようになった。「某IBM社は‥‥」とか「某NHKは‥‥」などといった書き方である。これはまあ、ご愛嬌というところであろう。

 一方、名詞の一部だけを伏せ字にする手法もよく使われる。これは、隠された字が簡単に類推できるようにした手法である。たとえば、「シャー○」、「東○」、「○立」、「三○」などと書く。これだと読者は前後の文脈から直ぐに類推できるから抵抗なく読める。このようにあらかじめ“ヒント”を用意しておくのは、読者への思いやりというものであろう。

 しかし最近はそういう親切心のかけらも感じられないノーヒントのものも多い。私が最近よく見掛けるのは“○○技術”というやつだ。ヒントも何もないから、これの解釈は大変に難しい(難しくてクイズにもならない)。その技術に関する情報漏洩を恐れてなのか、完全な伏せ字にしてしまっているから何か大変に重要な技術らしいのだが。

 情報を扱う上では、公表してよい部分と隠すべき部分とを明確に区分することが重要であるからして、このようにすべて隠してしまったのでは全く意味がない。情報隠蔽もここまでくるとちょっと度が過ぎているように思える。

 それにしても、書き手の姿勢は「知りたければ自分で勝手に調べよ」といっているようで、私のような初心者には抵抗がある。こういうのは自分の知っていることは他人も当然知っているという独り善がりの姿勢が根底にあるためではなかろうか。質問は一切受け付けないという拒否的な姿勢も読み取れる。拒否的になるのは多分書いている本人もその技術についてよくは分かっていないからであろう。したがって読者は自分が分からないからといって、そう悲観することもなかろうと思う。
【追記】なお、私が調べたところでは、この“○○技術”の○○のところにはどうやら“オブジェクト指向”という8文字を入れるのが正解なのだそうである。どうも字数が合わないように思うのだが‥‥。気のせいであろうか。クイズの問題としてはいかがなものか。

【解説】
 オブジェクト指向プログラミング(Object Oriented Programming)とは、データとそれを扱う手段(または方法)とを一体にして扱うことでプログラムを作る手法である。この「データとそれを扱う手段とを一体にする」というオブシェクト指向の考え方は、ソフトウェアの分析や設計段階でも利用され、OOA/OODなどと略記されることがある。最近はオブジェクト指向技術のことを“OO技術”と書くことが多いので、文中に○が頻繁に登場し、まるで伏せ字のように見えることがある。


(1996-09-24:掲示、2000-9-1:削除、2006-3-1:再掲示)