私の作文作法
(5)

「こんにゃく」問答


 ローマ字の表記法には、訓令式とヘボン式とがある。最近ではヘボン式が推奨されているようであるが、必ずしもその表記法が徹底されている訳ではない。ヘボン式のつもりの表記の中に訓令式の表記が混ざっていたりする。更に最近では、ワープロの日本語入力法の一つとして「ローマ字入力」という独特の表現法が普及してきている。

 アメリカからの留学生C君が日本語ワープロを覚えたいと言ってきたときに、私は躊躇なく日本の誇るその素晴らしい「ローマ字入力法」を教えてあげることにした。

「“Tonight, Friday the thirteenth, they announced the engagement.”という文を日本語で表現したいんだが‥‥」
「日本語だと、どうなるんだい?」
「『13日の金曜日である今夕、彼等は婚約を発表した』かな?」
「ふむ、ふむ。まあ、そんなところだね」
「これをローマ字入力法で入力するにはどうすればいいの?」
「簡単だよ。『13日の禁尿日である混入、彼等はこんにゃくを発表した』と入力すればいいんだ」
「‥‥ん?」
「だからね、“13nichinokinnyoubidearukonnyuu,karerahakonnyakuwohappyoushita”とキーを叩いてから変換キーを押せばいいのさ」
「あ〜。なるほど、そうですか‥‥」
「どうだ、簡単なもんだろう」
「すると何ですか、“konnyaku”(こんにゃく:devil's tongue)を入力すると“婚約”(engagement)に変換されるんですね?」
「そうじゃ」
「“kinnyou”(禁尿)を入力すると“金曜”に変換される」
「そう。“konnyuu”(混入)は“今夕”に変換される。簡単だろうがね」
「そうかなあ〜。‥‥じゃ、“konyaku”(婚約)を入力したらどうなるんですか?」
「“婚約”? それは“コニャク”(cognac)に決まっとるがね」
「?」
「分かったかな?」
「??」
「規則さえ覚えれば、簡単なんだよ」
 
しばらく考えていた彼は、突然目を輝かせて叫んだ。

「分かった! “コニャク”を入力すると、今度は“こんにゃく”になるんでしょう?」
「いや、いや、“コニャク”は“コニャク”のままだよ」
「???」

 彼は、日本人の語彙の豊富さと、連想記憶の能力の素晴らしさに驚嘆し、早々に帰国してしまった。多分、彼は日本人の器用さについていく自信がなくなったのであろう。私は彼に、日本には「ひらがな入力法」というもっと素晴らしい方法があることを教えなかったのを、今しきりに後悔しているところである。■

【解説】ローマ字入力では、「ん」を入力するには“n”ではなく“nn”とキー入力する習慣になっている。これは、たとえば“na”という入力が「んあ」ではなく「な」であることを明確にするためである。入力された英字はその都度ひらがなに変換されてしまうので、キー入力している本人には“konnyaku”(こんにゃく)と入力している意識はない。しかし、そう表現されていることは紛れもない事実なのである。


(1996-12-02:掲示、2000-9-1:削除、2006-3-1:再掲示)