私の作文作法
(9)

「字下げ」について


 近頃の私は、技術情報誌の編集の仕事を一人で一手に引き受けてやっている。最近は大分慣れてきて、発行日の直前になってからでも何とか手際よく仕上げることができるようになってきた(*)。何しろ原稿執筆を依頼する相手は、普段ソフトウェア開発をしている技術者なので納期を守ることにかけてはお手のもの(?)のはずなのであるが、彼らは不思議なことに原稿執筆の場合に限っては(原稿執筆の場合も、という表現の方が適切だという説もある)なかなか締め切り日を守ってくれない。全体をまとめる役の編集人(つまり、私めのこと)には人知れぬ苦労が多いのであるが、それを誰も分かってはくれない。しかし情報誌のでき上がりについて好意的な意見を寄せてもらえると、その苦労も報われるというものである。
【注】(*)編集以前の段階の、初期提出原稿の添削の方が実は大変なのである。


 ところで最近、情報誌の編集方法について次のような意見をいただいた。各段落の先頭文字を1字分字下げする(この段落の例のように)のはもう止めたらどうかというのである。インターネット上の記事を読んでいると、最近は字下げしていないものが多いのだそうだ。我が社の情報誌でもそうしたらどうかという提案であった。

 なるほど、世の中ではそんな風になってきているのか。私はあまりインターネットは覗いていないので少しも知らなかったが、‥‥。これは、もしかすると無駄な空白を減らすことによって、インターネット上で転送されるデータ量を少しでも減らそうとする運動が密かに行われているのかもしれぬ。しかし、全角の空白を使うのは、多分漢字圏の人達だけだろうから全世界的にみたら効果は疑問である。

 それにしても、よくよく考えてみるとこれはどうも少しおかしい。私には彼(女)らが意識的に字下げをやめているとは到底思えないのである。もともと段落の先頭では1字分字下げするというような最も基本的なルールをさえ知らない人たちが、無闇矢鱈と文章を書きなぐっているためではなかろうか。

 そこで私は、部内の人達にこの点をどう思うか問うてみた。すると、数人の人達からメールで意見が寄せられた。それを読むと、全体的に字下げをやめるのに賛成する人はほとんどいなかった。さて、どう結論づけたものか。

 インターネット上で使われている主要言語の英語では、日本語と同様に段落の先頭では字下げを行う習慣がある。しかしHTML文書上の半角の空白は、ブラウザ上では表示されないので、それを見てかっこいい習慣だと勘違いしたのではなかろうか。などと色々と思い悩んでいるうちに、私ははたと思い当たることがあり成る程そうなのだ、と一人で合点したのであった。

 それと言うのは、次のようなことが以前あったのを思い出したからである。
 出版社に原稿を渡すようなとき、最近では紙にプリントされた原稿の他にワープロのファイルも添えて渡すようになってきている。ファイルをそのままコンピュータ処理して版下とするのである。私の最近の経験であるが、原稿用紙ではちゃんと字下げされているのに、ファイルテキストでは空白が抜けているということがしばしば起った。今から思うと、これは明らかにワープロが段落の先頭で自動的に字下げするというサービスを始めてから以降のことなのである。ワープロが作るテキストファイル上には、空白文字そのものは挿入されないことに原因があるのだ。甚だしい場合は、段落の先頭に私が意識的に1文字分の空白を入れておいても、知らぬ間にワープロ側でそれを削除してしまっている。

 そう知ってから思い返してみると、私が電子掲示板上に投稿したものの中にもこの種の字下げの抜けが何度かあったように思う。あれも、ワープロで作った文書からテキスト部分を抜き出し、メール上に流し込んだときに起ったことなのである。

 インターネット上の記事で字下げしていないものがあったとすれば、それは多くの場合、ワープロのお節介な機能のせいだと言えるのではなかろうか。■

(終り)