ソフトウェア設計論
(5)

【プログラミング】作文作法


── 明快で分かりやすい文章を書くには

 日常の業務を進める上で、我々は報告書を書いたり電子メールを送ったり、あるいはマニュアルの原稿を作ったりといった具合に文章を書く機会は極めて多い。ところがソフトウェア技術者の中には「私は文章を書くのが苦手です」などと言って、書けないことを誇りにしているかに見える言動をとる者が少なくない。業務上求められる文書は、文学作品ではないので美辞麗句を連ねた名文である必要はなく、分かりやすい明快な文章であればよい訳であるが、それがなかなかうまく書けないのである。

 入社直後の社員に感想文などを書かせると、かなくぎ文字で書いた稚拙で誤字の多い文章を書いてくるので暗澹たる気持ちになることがある。しかし入社後半年ほど書き方を指導すると何とか様になってくる。ワープロを使うので字の下手なのは分からなくなるし、ワープロ機能で文面を飾り立てることを覚えれば内容のない点をカムフラージュする術も身に付けるようになる。箇条書きを基本とするリポートくらいなら何とか書けるようにはなるものである。中には、ルビ(ふりがな)の機能をうまく使って文章の上に注をつけたり強調したりして実に気の利いた素晴らしいリポートを書いてくる者もいる。しかし、一般的にいって技術報告書のような正式の文書を書くとなると途端に書けなくなるのが普通である。

 生れつき文章を書くのがうまい人はいない。誰でも必要に迫られて色々と努力をした結果として文章が書けるようになるのであろう。普段の会議などではまるで発言しないのに電子メールなどで意見を求められるとワッと意見を寄せてくれることから考えて、生来書くことが苦手であるとは思えない。堅苦しくない遊びの文ならどんどん書けるのに、会社の正規の文書だと途端に書けなくなるのである。

 今やパソコンやワープロを使って文章を書く時代である。文章を書く上で助けになる武器は豊富に用意されている。これらを活用して文章を作る“作文作法”について考えてみよう。私自身、作文では苦労してきているので、どうやって文章をひねくり出しているかを紹介することは、大方の人には参考になると思うからである。

(1)キーワードを集める
 まず書くテーマが決まったら、何を書いたらよいか十分に時間をかけて考える。思い付いたことは直ぐ書きとめておくとよい。後で見て直ぐ思い出せるような簡単なキーワードにして(ワープロ上の)メモ用紙に記入する。強調したい表現、そのときに使うとアピールするような言い回しなどがあれば書き添えておくとよい。通勤の電車の中などで時間がある限り、あれこれと想を練ることが大切である。これを2〜3日やれば書くべきことは大体もれなく洗い出せるものである。よく想を練らずにいきなり書き始めると、重要な事項を書き忘れて後で慌てることになる。

(2)タイトルの決定とキーワードの並べ替え
 キーワードが出揃ったところでメモした用紙をもう一度よく読み直し、全体の構成を考える。まず、節のタイトルを決めて節番号を振る。節のタイトルは「起承転結」をよく考えて決めることが大切である。  次に、ばらばらに書き出してあるキーワードをどの節に入れるべきか決定して並べ替える。この作業は、ワープロ上のメモ用紙だと簡単である。

(3)文章化する
 次に、このタイトルとキーワードを記入したメモ用紙をもとにして下書きを作る。ワープロ上のメモ用紙なら、キーワードの上に直接文章を割り込ませていけばよい。文章は、いきなり核心の説明に入るのではなく、核心に入るまでの導入部が必要である。導入部の文章が決まれば、後はすらすらと書けるものである。特に最初の節の書き出しは重要である。この段階では、まだ下書きだから完全な文章になっていなくてもよい。細かい「てにをは」や文章の肉付けは、後で読み返すときに適宜修正していけばよい。そしてキーワードが文章化されるごとに、そのキーワードと関連するメモを削除していく。図や表を入れる場合は、どこに入れるかをこの段階でよく考えておくとよい。

(4)入力時の注意
 ワープロへの入力では、最初に1行何文字で書くように求められているか確認し書式設定をする。ワープロの表示画面の幅(たとえば80欄)以上の場合は、入力段階だけは80文字(倍角では40文字)以下にしておく方が読み返すとき楽である。完成したら所定の欄幅へ戻せばよい。

 ワープロではなく手書きで原稿を書いていた時代は、原稿を制限字数内でぴたりと仕上げるのに大変な苦労をしたものである。限られた枚数の原稿用紙をまずコピーしてその上に試し書きをしてみる。大抵は制限字数を超えているので、一部を削ったり「てにをは」を直して文を短くしたりといった非生産的努力をして全体の字数の調整をする。そのあとで本物の原稿用紙に清書をして仕上げる。それで不思議と制限範囲に収まっていたものである。まさに神業であった。ところがワープロを活用すると、今何行目の何文字目であるかが一目瞭然に分るので制限字数をあまり気にしなくてすむようになった。もはや神業を発揮しなくてもよいのである。ありがたいことではないか。

 ワープロ入力の際には、図や表を入れる位置についても配慮し、できるだけ説明文の直下に図や表を置けるように工夫する。あとは推敲段階になってから図や表がページ渡りしないように再調整すればよい。

(5)推敲する
 推敲とは、丁度プログラミング作業に於ける虫潰しの作業に当たるものである。ワープロを活用すると推敲作業が楽になるのは周知のとおりであるが、手書きの時代には、推敲によって文章を直せるのは清書する迄であった。一度清書してしまうと後は文章を直すのに大変な勇気が必要で、もう一度清書をやり直す覚悟がない限り、多少の不満には目をつむって完成としてしまい勝ちであった。どうしても直さなければならないときは、原稿用紙の行間に必要最小限の加筆修正を施してすませるしかない。いわゆるパッチ修正である。

 推敲によって文章に手を入れると、それに付随してまた変更が生ずる。清書し直して全体を通して読み直してみて初めて変更の必要に気が付くことが多い。推敲のコツは、何度も何度も全体を通して読み直す(通し読みをする)ことである。局所的にはよくても、通して読むと不自然な文が発見されるのはよくあることである。プログラムの虫を潰してソースプログラムを直したら、その副作用として新たな虫が発生したのと同じことである。

 ワープロを活用すれば推敲作業には何時でも簡単に取り掛かることができるので、ちょっと気になる箇所があったら迷わず手を入れる習慣にするとよい。表現が分かりにくかったりした場合には大幅に文章を追加したり、文の位置を入替えたりする勇気を持つことが大切である。清書は何時でも取れるのだから、出荷直前まで推敲という名の虫潰し作業を行うべきである。

 ソフトウェア作りでも、いまだにある時期が過ぎるとソースを凍結して後はパッチ修正しか認めない方式をとっているところがあるが、これは丁度手書き時代の推敲作業と同じであるといえよう。

(6)冷却期間を置く
 もし時間が許すのであれば、1か月程原稿を放置しておいて忘れた頃もう一度読み直すとよい。大抵は細部の記述を忘れてしまっているので、他人の書いた文章を読むような気持ちで客観的に冷静に読むことができる。そのとき表現が何か不自然で引っ掛かる部分が必ずあるはずである。2〜3度読んだだけでは書き直そうという気には普通ならない部分でも、10数回繰り返して「通し読み」をすると必ず直したくなるものである。この通し読みを繰り返すことが本当の「推敲」であると私は思っている。

(7)国語辞典を使う
 ワープロを利用すると、良い点ばかりではなく悪い点もある。自動的に仮名漢字変換をしてくれるので、手書きの時代には決して使ったことのない、身不相応な漢字や熟語などを使ってしまうからである。読みが同じでも意味の違う熟語(同音異義語)が紛れ込む可能性は極めて高くなる。したがって、ワープロを使う場合には座右に自分専用の国語辞典を必ず置いておいて、ちょっと自信のないときは迷わず辞書を引いて確める習慣にしておかないと恥をかくことになる。ワープロ時代だからこそ、尚更国語力が必要になる。同音異義語から正しい語を選ぶのは利用者の責任である。

(8)本を読む
 しかし、よい文章を書けるようになるためには、普段よく本を読むことが大切であろう。耳から入っただけで覚えたうろ覚えの言葉、表現などを(本当の意味も知らずに)不注意に使っている例に接することが多い。これは読書といえば漫画本ばかりで、普段あまり書物で良い文章に接する機会が少ないためもあるのではないか。特別な文学作品を読めといっている訳ではない。日頃、新聞の社説や評論など文化欄を読めば、結構素晴らしい文章にぶつかることが多いものである。

 ところで、ソフトウェア技術者がプログラムを記述するという作業は、基本的には文章を書くことと同じである。したがって逆に言えば、分かりやすい文章が自由に書けないようでは優秀なプログラマにはなれないとも言えるのではないか。マイクロソフト社の会長ビル・ゲイツ氏は(まだ若い頃の話であろうが)プログラマの書いたコードが気に入らなければ夜中の2時、3時でもそのプログラマに電子メールを送って「こんな酷いコードは今まで見たことがない」と叱ったそうである。最近の管理者は、忙しさに取り紛れて部下の書くプログラムコードを批評することを忘れている(いや批判する能力がないのかもしれない)。プログラムコードでなくても、せめて部下の書く日本語の文章くらいは良し悪しを批評してあげられるようになりたいものである。■