素歩人徒然 字化け 生涯不変のメールアドレス
素歩人徒然
(10)

字化け


── 生涯不変のメールアドレス

 海外の、とあるWebサイト上に自分のメールボックスを開設した。これまでにも既にいくつかのメールアドレスを持っているのに(注1)何でまた物好きにと人は思うかもしれない。そもそもメールアドレスなどというものは一つあれば十分なのである。メールの届く口を複数個持っていればそれだけ管理が面倒になる。
【注1】会社のアドレス:      skinoshita@‥‥.co.jp
    東芝のアドレス:      990092050039@‥‥.co.jp
    某パソコン通信のアドレス: HQD00133@‥‥.or.jp

 しかし私は、何となく見栄があって“skinoshita@‥‥.com”のように、終わりに“.jp”の付かないメールアドレスが欲しかったのである。周知のようにアメリカのメールアドレスは国名表示を含まない。国名が省略された場合は、メール文化発祥の地であるアメリカを意味することになっているからである。これは、彼らアメリカ人にとっては当然のことなのかもしれないが、我々日本人にはどうも納得がいかない。

 仕事でお客と名刺交換をするような場合、最近は名刺に E-Mail アドレスが表示されているのが普通になってきた。お互いにアドレスを確認し合って相手の情報武装化の程度をそれとなく詮索し合ったりしている。そのとき、.com とか .net という風に終りに .jp が付かないメールアドレスだと何となく恰好がよいのである。そういう名刺を出されると、愚かな私めはすぐさま相手を尊敬してしまう。そしてやがて、そのアドレスがひどく羨ましくなってしまうのであった。そういうアドレスを自分も持ちたいものだ。私はかねがねそう思っていたのである。

 そういうわけで、愚かで見栄っ張りの私めも遂にその念願を果たすことに成功したのである。これでかりにサラリーマンを首になったとしても、一応は“skinoshita@...”という自分のメールアドレスを引き続き保持していられることになった。やれやれ。

 こうしてアメリカ本土にメールボックスを持つことになった私めは、とりあえず自分のメールボックスへ向けてみずからメールを発信してみた。実はこのメールシステムは、Web上に開設されているので特別なソフトウェアを必要としない。普段使い慣れているブラウザで自由にアクセスできるという利点がある。翌日メールボックスを覗いてみると‥‥、届いている、届いている(当たり前じゃ)。いそいそと開いてみると‥‥むむ。これは何としたことか、日本語のテキストが一部字化けしてしまっている。それも半分以上が字化けである。これではまるで実用にならないではないか。多くのノード上を転送されている間に、ビット落ちでも起こしたのかと繰り返しテキストを送ってみたが結果は同じであった。

 私はパソコン上でシフトJISコードを用いて日本語テキストの文面を作ったのである。それが E-Mail として送信される場合は、E-Mail の世界の約束事にしたがって標準の2バイトコードに自動変換される仕組みになっている。それがうまくいっていないのであろうか。しかし、うまく表示されている部分もあるからコード変換がまるで見当違いのことをしている訳でもなさそうだ。さて、どうしたものか。

 私はこの字化けした文面をHTML文書としてダウンロードし、休日にそのリストを解読してみた。すると原因はすぐに判明した。文字コードはシフトJISコードからJISコードに正しく変換されていた。しかし2バイトコードの中に(16進表示で)“3C”や“3E”のコードがあると、テキスト上ではそれらは更に“&lt;”と“&gt;”という文字列に置き換えられて表現されていることが分かった。つまり、これは“<”と“>”の意味である。

 周知のようにHTML文書の中では、タグと呼ばれる制御語は“<”と“>”で囲んで表現される。したがって本当に“<”(内部コード"3C")や“>”("3E")を表現したいときは、それぞれ“&lt;”と“&gt;”で表現しなければならない約束になっている(注2)
【注2】その他、以下のような文字も特別扱いされる。
(以下の特殊記号の表現はいいかげんです。ブラウザによってはサポートしていないものもあります)

     特殊記号   HTML表現
      &		&amp;
      <		&lt;
      >		&gt;
      "		&quot;
      ¨		&#168;
      ©		&#169;
      ª		&#170;
      °		&#176;
      ´		&#180;
      Á		&Aacute;
      À		&Agrave;
      É		&Eacute;
      È		&Egrave;
      ĺ	&lacute;
      &lgrave;	&lgrave;

 私が送った日本語テキストは標準のJISコードに自動変換され、エスケープシーケンス(始めが“Esc, $, @”で、終りが“Esc, (, B”となる)で囲まれた漢字フィールドで表現されていた。たとえば“種”という字はJISコードで“3C6F”であるが、これがHTML文書の漢字フィールド中では“<o”という表現になる( '<' の内部コードは "3C"、'o'の内部コードは "6F" だからである)。その結果“<”がHTML文書の表記規則にしたがって、更に "&lt;"に変換されてしまったという訳である。これでは字化けする道理である。

 私は早速メールシステムの管理者にメールを送り、エスケープシーケンスで囲まれた日本語テキストの部分ではこの文字の置換をしないようにしてはどうかと提案した。私はそのメールをバグの報告窓口に送付したのだけれど、そこは注意深く「虫の報告ではなく提案である」としておいた。この置換をやるか否かはポリシーの問題だからである。しかし数ヶ月経っても何の反応もない。日本人の提案など受け入れる気にはならないのであろうか。しかし何の回答もないというのは納得がいかない。こんなシステム管理者がいるプロバイダの製品は、まず使い物にならないであろう。

 それからしばらくして、私はまた別のサービスプロバイダを見つけ(懲りもせずに)再び skinoshita というアカウント名でメールボックスを開設した。しかし使ってみると、残念ながらここも日本語を受け付けてくれない。結局、また一つメールアドレスが増えただけのことであった(計5個になってしまった)。日本語のままで世界に出て行くのは、残念ながらまだまだ難しい時代なのであろう。

 しかし私は、このメールシステムがデフォルトで転送機能を備えていることを発見した。字化けして使い物にならないシステムではあるが、これはうまく使えば役に立つかもしれない。つまり日本語のメールであっても、開封しないでそのまま日本語をサポートしている別のメールシステムへ自動転送してしまえばよいのである。実際にやってみると、どうだ、うまくいくではないか。私は遂に自分の期待していたメール環境を構築することに成功したのである。

 冒頭に記したように、今まで私はメールアドレスは一つあれば十分だと思っていた。しかし最近、どうもそうではないと思うようになったのである。立花隆氏がビル・ゲイツ氏に、貴方はメールアドレスをいくつ持っていますかと尋ねたところ、彼は一つしか持っていないと答えたという(にわかには信じ難いが)。ビル・ゲイツほどの人になるとメールを読む係りの人が別にいるから、一つしかない方が便利なのであろう。しかし我々のように全部自分で処理しなければならない場合には、メールアドレスが一つでは困ったことになる。

 と言うのは、先日私は人間ドックで健康診断を受けようと2日間の休暇をもらったのであるが、休み明けに出社してみると私のメールボックスには何と60通を越える手紙が溜まっていた。たった2日間留守にしただけなのに。
 また、ちょっと体調を崩して入院するはめになった時は悲惨であった。出社したときには100通を超えるメールが溜まっていた。そのまま、また入院したくなった程である。メールがこれほど多いと、どれが重要なメールなのか直ぐには判断できなくなる。業務に直接関係のなさそうなものはどんどん削除していかないと到底追いつかないのである。中には私的な手紙もまざっていたりするので、読まずに削除する訳にもいかずまったく困った事態になった。このことから、私は業務上の手紙と私的な手紙の受け口をそれぞれ別にして区別しなくてはなるまいと決心したのであった。

 特に、災害などで自分のメールボックスがあるサーバーマシンに壊滅的なトラブルが発生したような場合、アクセスできるメールシステムが一つしかないというのは致命的なことになりかねない。我々は誰でも、世界中どこからでもアクセスできるようインターネットのWeb上にメールボックスを持つべきである。そしてそこをメールを受け取るための第一次窓口とし、そこから任意のメールボックスへ転送する形で利用するのが最も安全な利用方法ではなかろうか。

 我々サラリーマンは、業務上の必要性から会社から電子メールアドレスを付与されるのが普通である。会社を替わるとか、定年などで退社すれば即メールアドレスを失うことになる。自分独自のアカウント名(たとえば私の場合は skinoshita)を永続的に保持していたければ、何らかのサービスプロバイダと契約を結んでそこに私的にメールボックスを作らなければならない(費用もかかる)。しかし独自のアカウント名を許さないプロバイダもある。最初から英数字の羅列からなるアカウント名を割り振ってくる場合もある(注3)。運良く、好みの名前を付けられるプロバイダを見つけたとしても、誰か他の人に先にその名前を使われてしまっていれば意に反した別の名前を付けなければならないことになる。ドメイン名まで含めて生涯不変のメールアドレスを保持することは不可能なことなのである。
【注3】某大手パソコン通信から私に割り振られたアカウント名は、“HQD00133”であった。私はこれを「阪急デパート大井33」とおぼえることにしている。これを心の中でとなえながら自分のメールアドレスを入力する訳であるが、所有者自身がいくらおぼえやすくてもたいして意味はない。私にメールを送りたいと思った人が、私と阪急デパートとをどうやって結び付けてくれるのか、そこが問題なのである。この問題は依然として未解決のままである。不幸にして(?)私は、阪急デパートとは何の関係もない男なのだから。

 そこで、私のように海外に私的なメールボックスを開設することが重要になってくる。海外だと、まず日本人の名前のアカウント名で重複が起る確率は極めて低くなるからである。そのメールアドレスを生涯不変のメールアドレス(Permanent E-Mail Address)とし、そこから現在よく使っているメールアドレス(Temporary E-Mail Address)へ転送することにする。こうしておけば、将来仕事が変わったり定年退職したりした後でも、自分のメールアドレスを変更しなくても済む訳である(女性の場合は、将来結婚して姓が変わっても困らないようなアカウント名をあらかじめ工夫して設定しておくとよいであろう)。

 こうしておけば、何ヶ月入院したとしても、メールの転送先を適宜切り替えることにより、どこにいても、いつでも自分宛てのメールを読めることになる。更には、転送する前に最初の受け口でジャンクメールなどをふるいにかけ、自分の嫌いな人から来たメールは一切読まないで済むようにフィルター機能を設定することも可能となる。

 という訳で、今後は私めへのメールは skinoshita@usa.net(または knuhs@usa.net)へ送っていただければよいことになった。このメールアドレスを私は生涯変更しない積もりである(こっそり記しておくが、実は登録料は無料なのである)。字化けして日本語の扱えなかった最初のメールボックスも、今話題の“プッシュ技術”を利用してアメリカコンピュータ業界の日々の最新情報を受け取る窓口として活用することにした。

 どうです、貴方(女)も一度この方法(木下方式とでも呼ぼうか)を試してみませんか。■