素歩人徒然 お年玉付き年賀はがき 脱皮
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お年玉付き年賀はがき
── 取説:年賀はがきからの脱皮
正月に年賀はがきの交換をする世代が年々少なくなってきている。メール文化から取り残された高齢者たちは、それ以外に情報交換の手段がないから簡単にはやめられない。そういった人たちをも若い世代が主導するメール文化の世界に仲間入りさせてもらうにはどうしたらよいか考えてみた(長文です )。
最初に年賀はがきの世界の実情(1) を振り返ってみることにする。そこで浮上する問題(2),(3) を列挙し、その対応策(4),(5) を最後にまとめました。
(1)年賀はがきの世界
▼年賀はがきを作る
毎年 年の暮れともなると年賀状のことが気に掛かるようになる。今年はお年玉付き年賀はがきを何枚購入したらよいか、あるいは はがきのデザインはどうしたらよいかなどと思い悩むのが常である。
私がお年玉付き年賀はがきを友人・知人に送るようになったのは、(私の記憶が確かならば )小学校5年生のときからである。図工の授業を担当するS尾先生から年賀状に描く絵を木版画として彫ることを教えられた。以来、年賀状には版画の絵を用いるようになった。沢山のはがきに同じ絵を描く方法として子供ができることと言えば手書きで頑張るか、あるいは版画にすることしか方法がなかった時代である。同じ内容のはがきを沢山作る(と言っても数十枚程度だが )作業は殊の外難しく大変ではあったが、私にとっては凄く楽しかったことを覚えている。
S尾先生の作る版画作品は多色刷りで素晴らしい出来栄えのものだった。そこで私は卒業後も毎年先生に自分の作品を送り、その返信として送られてくる先生の作品を手に入れるのを楽しみにしていた。
家に使用済みの古い版木が残っている。干支から考えて高校生時代に作ったものと思われる。
残っていた古い版木
馬 猿 羊
馬の刷り上がり
松
▼作成ツールの変遷
当時、版画以外の方法としては、いもはん、ゴムはん、あるいは多量になると印刷を業者に頼むという手段があった。私の父親は、仕事関係で沢山の年賀はがきを出す必要があり、多くの場合業者に依頼して印刷をしていたようである。教育熱心な父親だったので子供と一緒になって自分も版画を彫ったりしていたが、その版画作品を年始の挨拶文と一緒に印刷したものが今でも我が家に残っている。
父親の年賀はがき
時は進みコンピュータの時代になったが、初期の頃は年賀状作成に活用することはできなかった。その後パソコンの登場によって、やっと文章だけなら自分で印刷できるようになったが、印字の質が悪い上に多量に印刷することが難しく積極的に利用することはできなかった。要するにプリンタの機能が貧弱で更なる技術進歩を待たねばならなかったのである。
この間に“プリントゴッコ ”と呼ばれる家庭で手軽に印刷ができる製品が発売されるようになり、私は版画をやめてこの家庭用印刷機をかなり長い期間利用していた記憶がある。
プリントゴッコ
次に登場したワープロ専用機 の時代になると、印刷された文書を作成するのが目的であるから自ずと紙に印字したときの品質が重視されるようになった。そして同時に図や写真といった画像の美しさも追究するようになり、やっと年賀状のはがき印刷 が可能になったのである。
ワープロ専用機
その後ワープロ専用機の機能は、完全にパソコンでカバーされるようになりワープロ機は世の中から姿を消すことになる。そして現在のパソコン環境下での印刷ができる時代が生まれることになった。今や多色刷りはもちろんのこと写真印刷や微妙なグラデーション表現も簡単にできるようになったのである。そして、年賀はがきの方にも、その印刷に適したインクジェット紙 と呼ばれるものを用いたはがきが登場するようになる。
▼あれから70年
今年の年賀状作りをしていて気が付いたのだが、私が年賀状を初めて作った小学5年生の時は昭和25年(1950年)だったから、平成最後の年31年(2019年)の年賀はがきを無事作り終えれば、丁度70年が経過したことになる。これは私にとって記念すべき70周年なのだと気が付いた。
もちろんこの70年の間に喪中で年賀状を出さなかった年もある。あるいは海外に行っていて「Merry Christmas and A Happy New Year 」というカードで済ませてしまった年もあるが、それらをひっくるめての70年である。
▼年賀はがきの歴史
ここで私は「お年玉付き年賀はがき」の歴史を調べてみることにした。
お年玉くじ付きの年賀はがきの制度が始まったのは1949年(昭和24年)だそうである。それまでは通常の官製はがきを年賀はがきとして使っていたが、一般からの提案もありこの年から「年賀専用のはがき」というものが生まれることになった。
昭和24年と言えば、私が年賀はがきを利用し始めた年の1年前のことになる。そうだったのか、これは驚きである。そう気が付いて「もう一年早く始めていればよかったのに」と思ったものだ。しかしよく調べてみるとそれは勘違いだった。昭和24年に発行されたということは、年賀状としてそのはがきが使われたのは翌年の正月になる筈だから、昭和25年ということになる! つまり私が初めて使った年賀はがきは、その最初のお年玉付き年賀はがきだったのある!
そのことに気が付いたのは「第二回の抽選会 1951(昭和26)年」というタイトルの写真を見つけたことによる。それなら、第一回は1950(昭和25)年だ! 考えてみれば当然のことかもしれない。はがきは前年に売り出す必要があるから、発行年は当然前年ということになる。
つまり私にとっての70周年 は、お年玉付き年賀はがきの70周年 でもあったのである。
ここに最初のお年玉付き年賀はがきの画像がある。
最初のお年玉付き年賀はがき
最下段の印刷部分を拡大してみると、果せるかな「抽せん日 昭和25年1月20日」と印刷されていた。
(2)年賀はがきの問題点
▼年賀はがきの魅力
年賀郵便のはがきを受け取れば、そのはがきの番号によってくじ引きし賞品がもらえるという。この企画は当時の子供たちにとっては大変な魅力であった。賞品が欲しければ、はがきを受け取らなければならない。そこで友達と相談の上でお互いに相手にはがきを出すことにしたのである。これが思惑通りに大当たりしたのである。友達どうしで年賀状を交換し合うという習慣が子供の頃から身に付き、誰でも手紙を書けるようになった。凄い知恵者がいたものだと思う。
しかしこの70年の間に年賀はがきの人気は凋落した。そしてはがき代は2円から62円へと実に31倍にも高騰した。現在では、手紙やはがきの書き方を知らない大学生が多いという実情をご存知だろうか。考えさせられる事態である。
一方、お年玉としての懸賞品の方はどうかというと、第1回のお年玉付き年賀はがきの賞品は次のようなものだった。特等:ミシン
1等:純毛洋服地
2等:学童用グローブ
3等:学童用こうもり傘‥‥
最近では以下のようになっている。1等:現金30万円またはプレミアム賞品など、
2等:ふるさと小包など
3等:切手シート
この二つだけを比較すると、何やら生活様式が変わり生活も豊かになったような印象を受けるが、私の印象ではお年玉としての懸賞品が年々貧弱なものになったような気がしてならない。気のせいであろうか。当たる確率も落ちているのではないか。最近は滅多に当たらない。偶に当たっても切手シートばかりである。切手では交換してもらいに行く気も起らない。それ程魅力のないものになってしまっている。今や「お年玉」という表現は誇大広告ではないかとさえ思うのである。
▼無駄になる年賀はがき
年賀はがきに“お年玉くじ”が付いていると、いったん抽選日を過ぎてしまった後では未使用の年賀はがきは、はがきとしての商品価値を失ってしまう。もはや翌年使うことは(法的に問題はないとしても )常識的にはできない。私は以前、前年の年賀はがきを使った賀状をもらったことがあった。その経験から、礼儀を知らない人だと思われるのを覚悟した上で使わなければいけないと思ったものだ。やはり、良識のある人なら避けるべきであろう。
私は、予定していなかった人から賀状を受け取った場合に備えて、毎年返信用に十数枚分の年賀はがきを余分に用意している。そして毎年、使われずに終わったはがきが手元に残ることになる。お年玉など付いていなければ翌年も使えるはずのはがきなのに! 郵便局へ持っていって手数料を払えば交換してもらえるらしいが、私はまだ一度も試みたことがない。そういう無駄になった郵便はがきが、我が家には沢山残っているのだ。これは何とかせねばなるまい。
▼年賀はがきの集配事情
海外で生活している間は年賀はがきとは無縁になるが、クリスマスの季節になると友人間でクリスマスカードを交換し合うという似たような習慣がある。郷に入れば郷に従えで、私もその地で知りあった友人たちにカードを送ったものである。滞在が長くなると日本の家族や友人にもカードを送るが、大抵は「Merry Christmas and A Happy New Year」で兼用してしまう。
そして何時も思うのだ、クリスマスカードの郵送時期は12/25に向けて一ヶ月程前から始まるから楽だなぁと。それに引きかえ、日本の年賀状の場合は、1月元旦(1/1)に到着する(誰が決めたと言うものではないが )ことを良しとし全国民が必死で努力しているようにみえる。これでは賀状を送る人ばかりでなく郵便局の人たちをも巻き込んで限りなく忙しい時期になってしまっている。クリスマスカードのように。もっとゆったりと対応できる制度に変えられぬものだろうか。今話題の働き方改革 を行なうべき対象ではないか。この時季になると私は何時もそう思うのである。
年賀はがきは、もっとゆっくりと出そう!
▼年賀はがきの終活?
最近「年賀はがきの交換は今年限りとします」と終活宣言する人の話をよく聞くようになった。その宣言方法の良し悪しまで話題にされているようである。
私はと言えば年賀はがきの終活宣言 などする積りはないが、(1) の冒頭で述べたような準備が体力的にできなくなったら、誰かに断るまでもなく自然にやめることになると思う。
体力が続く限り情報発信は続けたいと思っているので、ホームページ、ブログ、SNS、メール発信だけは続けたい。これからは年賀の挨拶もメールになるのではないかと思う。そして、いずれは静かに消えていく積りでいる。
実は一昨年辺りから、私は年賀はがきをやめて電子メールに乗り換えようと計画したのだが、これがなかなか難しい問題があって踏み切れなかった。踏み切れない最大の理由は、私と同世代の友人たちはコンピュータの黎明期の世代に近い。そのためコンピュータというものに比較的不慣れの人が多く、パソコンを持っていない友人もかなり多い。したがって彼らは必ずしもメールアドレスを持っていない。持っていても滅多に使わない世代なのだ。最近やっと携帯電話を使うようになったらしく、携帯メールを利用する友人がボチボチと増えてきたが、画像データが多い年賀状をメールで送り付けたいと思っても、携帯メールでは少し荷が重く不向きだと思うのである。
(3)連絡手段の維持
▼消息を絶つ友人たち
ところで、最近は個人情報保護法の影響で学生時代の友人と連絡を取るのが難しくなってきている。久しぶりに同期会やクラス会を開こうと計画し幹事役を務めたりすると苦労するのはよく知られた事実である。亡くなっている場合は、遺族と連絡を取りたいと思っても先ず不可能に近い。普段から連絡ルートを確保しておく必要がある。最低限の情報として住所と電話番号だけは知っておきたい。最近ではメールアドレスや携帯電話の番号があると頼りになる。
年に一度の年賀はがきの交換という行事は、その連絡ルートが今現在も生きているかをお互いに確認し合う意味もある。携帯電話があれば、これからは年に一度と言わずもっと頻繁に連絡ルートの確認ができることになる。便利な世の中になったものである。
しかしだからと言って私は友人たちに携帯メールの利用を勧めたり、あるいは携帯の利用者にスマホに乗り換えるよう勧めたりする積りはない。スマホに乗り換えると宣言してそれ以後消息を絶った友人が沢山いることを、私は多くの友人から伝え聞いている。人づてに彼らの動静を聞くことがあるから多分生存はしているらしい。ただ手紙でしか連絡が付かない世界へと行ってしまったようだ。残念なことである。
どうやら彼らは通信会社からスマホへの乗換えを勧められ、うまうまとその話に乗ってしまったらしいのだ。そのため、いざ実際にスマホを使ってみて操作の難しさに付いて行けないことに気付く。かと言って携帯に戻ることも出来ず、通信手段を失ったまま友人関係から遠ざかってしまうらしい。そういった訳で、私が直接そんな不幸な切っ掛けを与える人間にはなりたくないのである。
したがって、私の友人・知人たちをすべてメール文化の世界に引き込むのは残念ながら不可能に近い。メールアドレスを持っていない友人たちとの間では、従来通りはがきによる手紙文化の世界を維持していくことになろう。
(4)何事も変革を求められている
▼世の中は変革を求めている
・ いよいよ平成最後の年となり元号も変更される。
・ 消費税も高くなる(たった2%上昇するだけと思っている人がいるとしたら、それは大きな間違いだ。消費税額は25%も増額されるのですぞ )。
・ いずれキャッシュレスの世界に変わるらしい。
・ 私にとっても70周年の年なのだから、変わるなら今しかない。
このように世の中は変革すること求めている。今までの手紙文化の世界からメール文化の世界へと活動範囲を広げてみようではないか。
(5)取説:(お年玉付き) 年賀はがきから脱皮する方法
▼取扱説明書
年賀状の終活を考えている人は、その前に年賀メールに乗り換えることを考えてみたらいかがでしょうか。貴方(貴女)が抱えている悩みの多くが、それによって解消されるかもしれません。
手紙文化の世界から脱皮し、メール文化の世界に活動範囲を広げる手順を以下に記す。
・年賀状には できるだけ“お年玉付き ”ではない普通のはがきを用いる。
・相手が、情報端末等に関心のない人なら ⇒ 従来通りはがきで送付する。
・相手が、情報端末に関心のある人なら
・メールアドレスを持っていれば ⇒ メール(*1) で送る。
・メールアドレスの所持が不明なら ⇒ はがき(*2) で送る。
・メールアドレスの所持が不明でも
⇒ SNSに参加している人ならメッセージ機能で送れか検討する。
・そして年賀状は、もっとゆったりと出そう
【注】(*1)ただし初回に限り、はがきとメールの両方を送る
【注】(*2)ただし文面に初回のみ「メールアドレスがあれば次回よりメールに切り換えたい」と記しておく。
【解説】
・いきなり電子メールに切り換えるのではなく、最初の年ははがきとメールの両方を送り相手が選択できる余地を残す。
・特に問題がないことを確認し合って翌年からメールに切り換えるとよい。
・はがきの方を希望する人には はがきのままとする。
・ただしお年玉付きの年賀はがきは今回限りで、翌年からは普通のはがきに「年賀 」と朱書き して送ることにする。
・これで「お年玉付き」からは完全に手を切ることができる。
私も変革しなければ! という訳である。