三人の男が酒を飲んでいる。
‥‥[遠景から、カメラ3人に近づく]‥‥
彼らは今でこそ一緒に仕事をしているが、昔は東芝の中でそれぞれ異なる部門で働いてきた。その間は、お互いに名前と顔が一致するかどうかという程度の知り合いでしかなかったが、それでもこうして集まると一晩飲み明かしても到底語り尽くせない程の共通の話題を持っている。
それは、彼らが同じ東芝のコンピュータを
・作る側(ソフトウェア・エンジニア:Eg)
・売る側(セールス・エンジニア:SE)
・お客様対応をする側(カスタマー・エンジニア:CE)
というそれぞれ異なる立場で東芝のために働き、間接的に協力し合ってきた間柄だったからであろう。
‥‥[カメラ、更に近づく]‥‥
昔CEの男「 |
‥‥トラブルが発生してシステムがダウンするだろ。工場の担当者に問い合わせると、"それは仕様です"と言うんだよ。あれには参るよね」
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昔SEの男「 |
そういったトラブルは、別システムの提案中で忙しいときとか、発生してほしくないときに限って発生するんだよね。それと、もっと困るのはソフトのトラブルは再現性がないことが多くてね〜」
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昔Egの男「 |
トラブルに再現性がないのはね‥‥」
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昔Egの男、はなはだ形勢が悪いようである。
昔CEの男「 |
あれは夏の暑い頃だったかな、客先から至急の電話が入って"計算結果がおかしい、数ヶ月前は正常動作していたプログラムだ"と言うんだよ。原因を調査すると新バージョンのコンパイラの虫なんだ。早速客先訪問して謝ったけど、お偉い計算機室長やお客様に散々文句を言われて、脇の下に冷汗をかきながら一人でお詫びをしてまわって対応策を説明したけど‥‥」 |
昔Egの男「 |
そりゃ、災難だったね。だけど、あのコンパイラは他社のエンジニアから『あれには敵わん』と褒められたものなんだけどなぁ‥‥」
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昔Egの男、いよいよ形勢が悪い。
昔CEの男「 |
雨降って地固まるで、おかげで次期システムは当社製品を導入してもらえたからよかったけどね。やっぱり、お客との信頼関係っていうのは大切だよね」
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昔SEの男「 |
そう、私は“トラブルは客の信頼を得る最大のチャンス”だと思うことにしている。だからトラブル対応で一番大切なのは初期対応だといつも言っているんだ。つまり、大事なのは、 ・誠意を持って対応すること
・組織で対応していることを客に見せること
・応急処置と本格対応の二段階対応すること
(時間の問題)
・中間報告をまめに行うこと
だと思うよ。」
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昔Egの男「 |
なるほどねぇ。新人に聞かせたい話だね」
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昔Egの男、仕方なく受け身にまわる。
昔CEの男「 |
ある会社から技術計算処理の委託を受けたときのことなんだけど、マシンは当時、当社最高速のGE635、タイムアップのCPU処理時間を999に設定(約10時間)して実行したんだよ。そしたら一晩動かしたあげくがI8アボート(タイムオーバー)で結果は何もなし、徹夜作業が水の泡なんだ」
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昔Egの男「 |
それじゃ、ただではすまなかったろう」
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昔Egの男、すっかり聞き役になっている。
昔CEの男「 |
大目玉を食らったよ。それからが大変。モデルのオプティマイズ、処理の分割化、チェックポイントの組み込みなど、いろいろと勉強したなぁ」
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昔Egの男「 |
‥‥」
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昔Egの男、無言となる。
昔CEの男「 |
客先説明に臨む前に、あらかじめ見積額として"松竹梅"の3種類を用意しておくんだ。恐い競争相手は1社のみ。提案説明が終った後で、システムのキーポイントとなる機能のフィージビリティと競合他社の提案内容を、それとなくお客にお伺いした。その反応を見て、"松"の見積金額提示のブロックサインをその時のSEに送ったよ」
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昔Egの男「 |
ブロックサインか。なんか野球みたいだなぁ」
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昔Egの男、相づちを打ちながら再び聞き役。
昔CEの男「 |
受注できるかどうかは、提示されたプログラムの処理時間の短縮に絞られてきた。だけど最後のベンチマークテストまで残された時間は一週間しかないんだよ。“無理だ、出来ない”って言うシステム開発者にOSのオーバーヘッド部分の削減、パラレル処理化等々を無理にお願いしたよ。深夜、徹夜の連日作業で客先要求の処理時間まで何とか短縮できたけど、あのときは本当に“成せば成る”と思ったね」
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昔Egの男「 |
ふ〜ん、なるほどね」
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‥‥[カメラ、遠景から3人の男をとらえる]‥‥
今では彼らが扱う対象は、コンピュータ本体ではなくソフトウェア専門の開発業務となっているとはいえ、相変わらずそれぞれ同じように営業部門で仕事を取ってくる側、それを作る側と別れて互いに協力し合っているのである。
「‥‥」
「がや、がや」
「‥‥」
‥‥[カメラ、再び近づく]‥‥
「‥‥」
「がや、がや」
「‥‥」
昔Egの男「 |
そう言えば、以前大先輩のMさんから聞いた話なんだけど‥‥」
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と、彼は3人のエンジニアが山登りをして熊と格闘する話を持ち出した。昔Egの男は、ついに反撃に出たのである。
昔CEの男も、別のところで同じ話を聞いていたらしい。
二人の昔エンジニアの記憶を総合すると、その話とは次のようなものであった。
3人のエンジニア
・ソフトウェア・エンジニア(Eg)
・セールス・エンジニア(SE)
・カスタマー・エンジニア(CE)
がアパラチア山脈に登ったが、生憎と道に迷ってしまい山小屋を見つけてそこに泊まることになった。
SEの男は、何か食料を見つけてくると言って早速出かけていった。CEの男とEgの男が小屋の中で待っていると、間もなくSEの男が「獲物を見つけたぞ」と言って大きな熊を追いかけて走ってきた。そこでCEの男は、素早くそれを小屋の中に追い込むとピタリと小屋の扉を閉めてしまった。SEの男は、小屋の中にいるEgの男に向かって「後の料理は頼んだぞ。俺は次の獲物を捜してくるからな」と叫ぶやそのまま走り去ってしまった、というものである。
昔Egの男と昔SEの男と、そして昔CEの男は、それぞれの立場でこの話をかみしめて聞き、しばし物思いにふけるのでありました。
‥‥[カメラ、3人の男の顔を交互にとらえる]‥‥
昔Egの男「 |
営業は、いつも“熊”を見つけてくるからなぁ‥‥」
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昔SEの男「 |
いや“兎”を追い込んだのに、彼らはそれを“熊”だと言うんだよ」
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昔Egの男「 |
いやいや、モンスターを追い込んでしまったことに後で気付いても、彼らはそれを熊だと言い張るものなんだ‥‥」
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酒は尽きても、議論の方は何時までも尽きないのでありました。
‥‥[画面、フェイドアウトする]‥‥■