素歩人徒然 マッキントッシュ 売れる物を作る
素歩人徒然
(23)

マッキントッシュ


── 売れる物を作る

 マッキントッシュの種から芽が出た。いやこれはもはや芽ではない。立派な木になろうとしている(写真参照)。

 2年程前のことになるが、ボストンにいる三好さんからマッキントッシュという小ぶりのリンゴを一つお土産にいただいた。その種を家の植木鉢に植えた話は、以前この欄で紹介したことがある(*1)。それを読まれたMさんからは「残念ながら芽は出ませんよ」と教えられたことも紹介した(*2)
【注】(*1)創刊号「りんご」参照
   (*2)第二号「柿」参照

 その後「リンゴから芽は出ましたか?」というメールを様々な方からいただいたが、「残念ながら‥‥」と答えるしかない状態が続いていた。最初の年は、それでも私は一生懸命に水をやったりしていたのである。

 植木鉢には白いプラスチックの名札がさしてあり、そこに「マッキントッシュ」と書かれていた。そのため、家に来客があったりすると目ざとくそれを見つけた客が「これは何ですか?」と興味を示し、結構話題を提供する役には立っていたようである。

 しかし、芽は出ないと言われたこともあって私は次第に関心を失い、ついにはあきらめてしまった。いや、あきらめたと言うより忘れてしまったという方が正確なところであろう。最初の年は一年中家の中の窓際に置かれていたその植木鉢も、2年目の春になると他の植木鉢と一緒に屋外に出され、それっきり忘れ去られてしまったのである。ただ、マッキントッシュの名札だけが鉢に残されていた。

 ここでちょっと話は変わるが、私はインターネット上にささやかながら個人ホームページを開いている。エッセイ中心でテキスト情報ばかりのページなので、これとは別に写真などのイメージ情報を中心としたホームページ(私はこれを“副ホームページ”と呼んでいる)を1年程前に別のサイト上に構築したのである。ここに、デジタルカメラで撮影した我が家の庭の“四季の花々”を毎月掲載している。そのため、普段は花の名など皆目分からなかった私が一生懸命庭の植物を観察しては家人に教えられて勉強している最中なのである。

 毎月庭で新しい花を見つけては写真に撮るのは結構楽しい作業である。昨年はハイビスカスの花が8月から10月まで盛大に咲いていた。こういう年は滅多にない。これも異常気象の影響なのだろうか。そして11月となり寒い日が続くようになると、いよいよ庭の植木鉢を家の中に入れなければならない頃合いとなった。そのとき初めて私は気が付いたのである。例のマッキントッシュの鉢にしっかりと根付いた木が生えていることに! 不覚にも私は美しい花々の方にばかり気を取られていて、それまでマッキントッシュの鉢には注意を向けることがなかったのだ。

 最初の内私は半信半疑だった。野鳥が糞と一緒に偶然木の実を落としていったのかもしれない。「マッキントッシュの種から芽が出た!」などと有頂天になっていたら、何のことはないそこらにいくらでもあるありきたりの木だったということになるのかもしれない。しかし野鳥が落としていったにしては、その木は植木鉢の丁度ど真ん中に生えていて、まさにそこに手ずから植えたかのように見えるのであった。これはもしかすると‥‥と私は考えた。

 ボストンにいる三好さんに写真を送って見てもらうと、彼も「バラ科のようですね」と肯定的な反応である。これは何としても白黒の決着をつけねばなるまい。そこで私は、普段我が家の庭の手入れをしてくれている植木屋に聞いてみることにした。すると彼は「これは間違いなくリンゴですよ」と即座に太鼓判を押してくれたのである。やったぞ!

 植木鉢を家の中に置いていた間はまったく芽が出る兆候すらなかったのに、屋外の厳しい環境に出したらたちまちこの結果である。なるほど自然の力とはそういうものなのか。私はこの鉢を家の中に入れるのをやめ、冬の間中外に置いておくことにした。もともとマッキントッシュの木(*3)はボストンのあの厳しい冬の中で育っているのだから何の不都合もあるまい。実を付けさせるには、その方が自然のままでよいのではなかろうか。このマッキントッシュが育って実を付けるようになるには、もっともっと長い年月が必要であろう。三好さん曰く「桃栗三年、柿八年、ユズは九年で実をつけず、蜜柑の馬鹿野郎20年」と言うのだそうである。リンゴはいったい何年で実を結ぶのだろうか。

 「実を結ぶ」と言えば、最近当社ではパッケージソフトウェアの開発に特に力を入れている。小集団活動(Q3運動と称する)を通じて苗床を作り、そこに種を蒔き水をやり、そこから芽が出て商品の原形が数多く育ってきている。“TFScope”、“会議室予約システム”、“WebForum”、“IFRONT”などの有用なパッケージソフトが既にいくつか生まれてきているが、市場に出してそれが売れるかどうかが問題である。

 社内の試用ではうまくいっていても、一般ユーザの使用に耐えるものになっているかどうか不安は尽きない。これらの商品を立派な製品にまで育て上げるには、グループ内での使用だけで満足している段階から更に一歩踏み出さない限り到底達成はできないであろう。早めに外に出して一般ユーザの厳しい批判にさらし、それに耐えられるものにすべきであろう。そうしないと“ユズ”や“蜜柑”のように実を結ぶのに長い期間を要してしまい、結局は商売に結び付かないで終わってしまう。厳しい外部環境に耐えて初めて、“リンゴ”の木も速やかに実を結ぶようになるのではなかろうか。■
【注】(*3)マッキントッシュ(McINTOSH)は、カナダのオンタリオ州にあるジョン・マッキントッシュ(John McIntosh)の果樹園で、偶然に実生のかたちで発見されたものである。1870年に「マッキントッシュ」と名付けられた。アメリカにおける最初の木は、ジョンの縁者であるウィリアム・マッキントッシュ(William McIntosh)によって、バーモント(Vermont)のバーリン(Berlin)という町に植えられたという。