素歩人徒然 五重塔 柔構造の重要性
素歩人徒然
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五重塔


── 柔構造の重要性

 室生寺五重塔の解体修理が始まった。昨年(1998年)の台風で室生寺の五重塔が甚大な被害を受けたことは記憶に新しい。
 私は室生寺を訪れたことがあるが、国宝の五重塔は高さが16メートル程のどちらかといえば小ぶりの美しい塔である。奈良時代の作りで約1200年前に建てられたものだという。昨年の9月22日に襲来した台風7号が引き起こした最大瞬間風速42.1メートルの強風を受けて塔の周りを取り囲んでいた樹齢650年の杉の木がなぎ倒されてしまった。不幸にして塔はその倒木の直撃を受けてしまったのである。木材300本で組み合わされているという五重塔の、特に4層5層目の修理が必要であるという。真に残念なことではある。

 元来、三重塔や五重塔は災害に対して強いと言われてきた。兵庫県には江戸時代以前に建造された三重塔が五基あるが、阪神淡路大地震でもビクともしなかったという。関東大震災では円覚寺舎利殿が倒壊してしまったのに池上本門寺や中山法華経寺の古い五重塔は不思議に無傷だったそうである。慶長大地震では、秀吉の造った伏見城は倒れてしまったのに平安建築の醍醐寺五重塔だけは何ともなかったという記録が残っている。地震研究のための震動測定実験の結果によれば「五重塔を倒すほどの地震は存在しない」のだそうである。

 これも最近のニュースであるが、奈良県香芝市尼寺の尼寺廃寺跡で飛鳥時代の五重塔らしい塔跡が見つかった(注1)。ここで発掘された礎石には高熱を受けた跡があることから、多分塔は火事で焼失したものと考えられている。
【注1】法隆寺創建時の若草伽藍とよく似ていることから聖徳太子創建とされる七寺の一つで、これまで幻の寺といわれていた葛城尼寺(かつらぎにじ)の跡ではないかといわれている。

 こうしてみると、三重塔や五重塔は火事以外の災害に対しては極めて強いことが分かる。五重塔が倒れるとしたら、それは地震ではなく兵火か雷火による炎上以外には考えられないのではないか。今回の倒木による被害はその意味では極めてまれなケースだったのであろう。

 幸田露伴の名作『五重塔』に描かれているように、五重塔は風に吹かれただけでも木の葉のようにゆれるという。この一見すぐ倒れそうな三重塔や五重塔が、なぜ大きな地震で倒れないのか。その理由は日本独特の木造建築が持つ“柔構造”にあるといわれている。五つのヤジロベエがキャップ構造で積み重なった構造なので、単に左右にゆれるだけではなくキャップが互い違いに波をうってゆれるためらしい。その結果、大きなゆれを互いに吸収し合ってしまうのである。石やレンガを積み重ねて造られた剛構造の西洋建築には決して見られない構造なのである。

 ところで、この話から私が引き出そうとしているソフトウェアの教訓は次のようなものである(そう、あなたにも大体想像がつくでしょう)。
 つまり、ソフトウェアを構成する各モジュール(要するにここでは五重塔の各階層、つまりキャップに相当するものですね)は、互いに結びつきを弱くして“柔構造”となるように全体を作るべきであるということである。あるモジュールが変更されても、他のモジュールにその変更の影響が及ばないようにする。大規模なソフトウェア作りでは、特にこの点(注2)に配慮することが大切である。そのようにして作られたソフトウェアは一般にロバスト性に優れたものとなる。
【注2】具体的には、モジュール結合度の分類でいうところの「サブクラス結合」を実現することである。

 五重塔は最初から“建物のゆれ”の存在を前提にし、そのゆれによって地震の大きな力を吸収するように考えられている。これと同じように我々の作るソフトウェアも最初から“設計変更というゆれ”の存在を前提にし、そのゆれの影響が他のモジュールに及ばないよう当該モジュール内で吸収してしまえるように作るべきなのである。我々は先人の作り上げた叡智をあだやおろそかにすべきではなかろう。■