素歩人徒然 送信者名 ウイルス感染の広がり
素歩人徒然
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送信者名


── ウイルス感染の広がり

 定年で企業を離れて以来、私めが受信するメールの数は年々少なくなってきている。さびしいことではあるが、自分から発信することも少なくなってきているのだからこれは致しかたないことであろう。その内に、

 「メール受信、来るはウイルスメールばかりなり」

ということになるのではないかと危惧しているところである。

 最近は本当にウイルスメールがよく届く。ウイルスメール以外では「未承諾広告※」というのもやたらと届く。この種のメールに対しては、普通は“送信拒否”の返信を出せばよいことになっている(オプトアウト)が、私は決してそういった対応はしない。返信などすればそれこそ彼らの思う壺だからである。「広告を読んでもらえた」という満足感を彼らに与えてしまうことになる。しかも、それで送信が止まるという保証もない。
 彼らには、いくら送っても何の反応もないという不安定な状態にさせておくのが一番なのである。

 したがって最も良い方法は、そのメールアドレスやタイトルを自分の使っているメーラーに登録し、フィルター機能を使って以後は受信と同時にメールサーバー上から自動的に削除してしまうようにすることであろう。彼らもそれは先刻承知していてメールアドレスをときどき変更しながら送ってくるから、フィルタリング機能をうまく使って何重にも網をかけ、決してそこから漏れることのないようにする必要がある。まさに虚々実々のだまし合いというところだ。
 ただ、私としては本当にフィルター機能がうまく動作しているのか定期的に確かめないと気が済まない性格なので、ときどき網に掛かった残骸(タイトルのみ)を確認しては「してやったり!」とほくそ笑んでいるのである(いやな性格だなあ)。

 世間でウイルスによる被害が問題になって以来、幸いにも私めの使っているコンピュータに対してウイルスが攻撃を仕掛けてくるようなことはなかった。企業のパソコン開発の最前線にいたので、普段から防御体制の構築とコンピュータを扱う上での作法をしっかりと身につけていたからであろうと自負している。そのウイルスの侵入が、主にメールを介して行われるようになってからもしばらくの間は、私はメールによるウイルス攻撃を受けたことがなかった。

 家にある自分のマシンが、初めてウイルスメールを受信したときには「あぁとうとう来たか」と一種の感慨を持ってそれを受け止めたものである。それで、記念のためにそのメールを、“==ウイルス==”という名前のフォルダを用意して、大切に保存したのであった。これ以後、ウイルスメールが来ると必ずそこへ保存するようになった。保存した後で何かをしようと思った訳ではない。ただ何となく保存し始めただけである。

 そのようにして保存されたウイルスメールが実に200通近くになったことに最近気が付いた。私は以前から暇なときに、物好きにも、こうして保存しておいたウイルスメールの内容をときどき観察したりしていたのである。もしかするとこれは貴重な情報を含んでいるかもしれない。

 ウイルスメール上の送信者アドレスは、どう見てもインチキ臭くて実在するとは思えないようなつづりのものが多い。機械的にプログラムで作り出したものなのかもしれない。しかし中には実在しているに違いないと思うような普通のアドレス表現のものも多数含まれている。そういうアドレスの送信者には、メールを送って注意を喚起しようかと思った時期もあった。しかし“送信者詐称”という手が使われていることを知ってからは、送信者に報せても何の意味もないことが分かったのである。

 以前にもこの欄で紹介したことがあるが、私の名前を騙ってウイルスメールがばらまかれていることを知ったときの私のショックは相当なものであった。しかし今や送信者詐称というのは世によく知られた手法である。あまり驚かなくなった。今でも特定のメールサーバーからは「あなたの送付したメールにはウイルスが付いていました」という意味の警告が送られてくることがある。そして私が送った憶えのないメールがそこには添付されているのである。最近はさすがにこの種のサービス(?)を中止するところが増えてきてはいるが。

 私に届くウイルスメールには、外国から届いたものも多い。国別ドメイン名で表現すると、TW(台湾)、MK(マケドニア)、TR(トルコ)、SE(スエーデン)、NO(ノルウエー)、CC(ココス諸島(オーストラリア領))、CN(中華人民共和国)、SG(シンガポール)、PK(パキスタン)、CA(カナダ)などである。
 機関名では大学の名前がかなり含まれている。ある大学のアドレスを試しにたどってみたところ、そのホームページ上に私のホームページの名前が記載されていたのを発見したことがある。彼らは日本語の私のぺージを読んでその意味が分かるのだろうか。私の方も、彼らのページを読んでも皆目意味が分からない(ただ"アダルト向け要注意"という意味ではないと言い切るくらいの確信はあるのだが‥‥)。

 ところで私が何時も不思議に思うのは、このようなウイルスメールの送信者の名前の中に私の友人・知人の名前があった試しがないことである。最初の頃は、私の友人・知人は皆パソコンの扱いに慣れた人たちばかりだから、ウイルスに感染するような不手際は起こさない、あるいはたとえ感染しても他人に被害を及ぼす前にしかるべき対処ができる人たちばかりなのだ、と勝手に解釈していたのである。

 しかしよくよく考えて見れば、送信者詐称を行う手順は侵入したマシン上のメーラーが保持しているアドレス帳から適当にアドレスを二つ抜き出して用いるという手法であるらしい。そうだとすれば、送信者アドレスと受信者アドレスがたまたま友人・知人同士であるということはかなりの確率でありうるのではなかろうか。たとえば私のアドレスとともに抜き出された送信者アドレスが、私の知人のものであったということである。そういう事例に出くわしたことが今まで一度もなかったのである。

 しかし遂にそういうメールが現れた。実に146通目のウイルスメールに表示されていた送信者のアドレスは、あろうことか私の会社での先輩(元副社長)のものであった。続いて163通目にも友人のアドレスが現れた。
 これは一体どういうことであろう。これらの人たちがウイルスをばら撒いているということでないのは確かであろう。しかしウイルス感染の広がりが私の友人・知人の近辺にも深く及んできているということを示すものではなかろうか。恐ろしいことである。
 「今まで一度もウイルス感染したことがない」などと大口をたたくのは、この際やめておいた方がよさそうである。■