素歩人徒然 泥棒 不法侵入を防ぐには
素歩人徒然
(59)

泥棒


── 不法侵入を防ぐには

 泊り掛けで家を留守にしている間に泥棒に入られてしまった。

 娘夫婦の夏休みに合わせて、一緒に湯河原にある兄の山荘に遊びに行っていたのである。3泊して、帰省ラッシュの道路の渋滞を避け早朝に車で帰宅したところ、どうも家の中の様子がおかしい。台所の流しの前にガラスの破片が散乱している。右手にある勝手口に通じる引き戸を見るとガラスが割られていて戸も少し外れているようである。やられた!

 何を盗られたか、急いで貴重品類を調べてみたが一見異常はないように見える。不思議なことにどこにも荒らされた形跡がない。2階の各部屋を調べてみたが出かけたときの状態のままである。最近は足が付かないよう現金しか盗まない泥棒もいる。カード類の電子化されたデータのみを盗んでいく輩もいる。一見何も盗まれていないようでも油断がならない。

 取りあえず警察を呼ぶことにする。110番にダイヤルしながら私はこの番号に掛けるのは滅多にできない経験だ、などと考えていた(のんきなものだ)。
 警察がやって来るまでの間、私は現場保存に気を配りながら破られた引き戸を仔細に観察して見た。ォオ?! 破られていない! 引き戸は破られていなかった! 戸に鍵が掛かっていたため戸自体を移動できなかったらしい。敵は侵入できなかったのである。助かった!

 約30分後に警察がやってきた(30分も掛かるのだ!)。続いて5分程遅れてやってきた鑑識係の2人と一緒に侵入口を調べることにした。北側の勝手口のドアには明かり取り用の縦長の窓が付いている。泥棒はこの窓を破ろうとしたが、ガラスではなく透明なプラスチックが入っていたため簡単には破れなかったらしい。そこで木製の窓枠を壊してプラスチック部分を取り外し、そこから手を入れて鍵を外したらしいのである。鍵は予想外に高い場所に取り付けられていたのだが簡単に発見されてしまった。簡単に侵入できたので敵は“してやったり”と喜んだことであろう。侵入したところは一間四方のストックルームになっていた。両側の棚には生活用品や食料品等がところ狭しと置かれている。中央の通路となる部分にも種々雑多な物が置かれていて、人一人がやっと通れるくらいの空間しかない。

 ストックルームの先には畳一畳分の空間があり、そこに洗濯機とドライヤーが設置されていた。更にその先に台所があり食堂、居間へと通じているのだが、幸いなことに(泥棒にとっては不幸なことに)洗濯機置き場と台所の間には頑丈な引き戸があった。更に幸いなことに(泥棒にとっては更に不幸なことに)この引き戸には鍵が掛かっていたのである。うまく侵入できたと思ったら、また別の障害物があったという訳である。

 この引き戸は特別あつらえのもので、明かり取り用の窓として縦4.5センチ、横24センチ程の細長いスリット状の小窓が9個、適当な空間を置いて縦に並んで付けられている。敵はこのスリットのうち、取手の位置付近のもの(上から5番目)を選んでガラスを割り、そこから手を入れて鍵を外そうと試みたらしい。後で自分で試してみたが、この隙間には手首から下10センチ程しか入らない。しかし(もし鍵があれば)十分に鍵まで手が届くことが分かった。しかし残念ながらその場所に鍵はなかったのである。そこで、更にその下のスリットを破って再び探ってみたが、ここにも鍵はなかった(実はその下にあったのである)。

 この時点で、敵は鍵を外すのを断念し引き戸自体を取り外すことにした。引き戸の上のかもいの部分の板を強引に引き剥がしている。とても素手ではできない仕事である。いろいろな道具類を持っていたのであろう。その結果引き戸は敷居からはずれてしまった。一応作戦は成功したのである。しかし鍵の部分がガッチリと接合したままなので戸を取り除くことができない。

 この引き戸に取り付けられていた鍵はC型のアームを回転させて柱の方の留め金に食い込ませる形式のものだった。そのため戸を上に持ち上げようが引こうが決して外れない形態になっていたのである。がっちりと柱に食い込んで戸はびくともしなかったのであろう。この時点で泥棒はとうとう侵入をあきらめたようである。連日の真夏日が続く暑いさなかに、密室の中で汗みどろになって奮闘したのであろう。ご苦労なことである。ザマーミロ!

 この場所に鍵付きの引き戸を設けたのは、この家で勝手口が一番侵入しやすい弱点となる場所だと思ったからである。二重の防護壁を設ければ絶対安全だと思ったからではなく、単にある程度の安心が得られると思ったからに過ぎない。泥棒の侵入を阻止できたのは単に運が良かっただけのことであろうと思う。
 しかし一番侵入しやすそうに見える所から一応は侵入できたことが、結果的に良かったように思う。もしここから入れなければ、敵は別の(二重の防護壁のない)場所を破ろうとしたことであろう。本当に泥棒に入られて初めて二重の防護壁の重大さに気が付いたというところである。

 家の防犯対策についてはかねがね懸念していたところであるが、どんなに高度な防犯装置を設置したところで、結局は破られるものと私は一種あきらめにも似たものを持っていた。高価な防犯システムを導入する人もいるが、守るべき家財がほとんどない者にとっては検討の余地はなかった。気が楽だと言えば言えるであろう。

 特に私の家はガラス張りの部分が多い開放的な造りなので、狙われたらもう防ぎようがない。むしろ、たとえ侵入されても貴重品類が見つからないように隠し場所を工夫することの方を重視してきたのである。しかし現実に泥棒に入られるのはもっとずっと先(?)の話しという感じで、現実的には捉えていなかったきらいがある。  日々の生活で使う預金通帳やカード類、それと少々の現金などは泥棒に直ぐに発見されてしまうような身近な場所に仕舞われていた。かねがね妻と論争になっていたのは、そういったものを仕舞う場所についてであった。私が提案する“泥棒に発見されにくい場所”にそういった物をいつも仕舞うのは、日々の生活の上での出し入れに不便であるというのが妻の言い分であり、結論をみないままになんとなく今日に至っていたのである。今から思うと、本当に運が良かった。

 このような被害に遭って思うのは、今までどおりの考え方で良いのかという点である。我が家の場合、特別高価で貴重な家財はないから、盗まれた物は買い直せばよい、買い直せない記念の品等はあきらめる、という考え方だった。しかし最近身内のものが同じような泥棒被害に遭っているが、その経験を聞くと、思い出深い記念の品を盗まれた上に、見ず知らずの赤の他人が土足で家の中を荒らしまわったという事実が想像以上に被害者の心に傷を残すものらしい。ベッドの上の土足の足跡を見たら気味が悪くなって、もうそこで生活するのが苦痛になるというのである。その気持ちが私にも何となく分かってきた。

 やはり侵入されないよう防護壁を強固にする必要がある。しかし絶対に安全な防護壁などありえないから、何重にも防護壁を設けて侵入に時間が掛かるように工夫するのがよいであろう。そう考えて、私は各部屋をつなぐ主要なドアに強固な鍵を付けることにした。特定の部屋に侵入されてもそこから別の部屋へは簡単には移動できないようにするのである。別の部屋へ移動したければ再び鍵を壊さなければならず時間が掛かるようにする。
 早速、知り合いの大工(でえく)を呼んで被害を受けた箇所の修復と新たな防犯対策を実施してもらった。その詳細については(なぜか)ここには書けないが‥‥。

 コンピュータの場合の防護壁も、絶対安全とは言いきれないのは周知のとおりである。我々が日々使用しているインターネット常時接続のコンピュータは(たとえファイヤーウォールを設定してあったとしても)システムの欠陥を衝いていつ何時不法侵入されてもおかしくないような代物である。侵入されることを想定して対策することが大切であろう。

 私はインターネット接続やメールの送受信を行う場合以外は、できるだけ無線LANを無効にしておくことにしている。大容量外部記憶装置(ハードディスク等)も、使うとき以外はコンピュータ本体との接続をこまめに断つようにしている。そして重要なファイル類は極力暗号化して保存するようにしている。
 しかし日々使っているファイル類は面倒なので暗号化せず、そのままの形で保存しているのが気になるところである(妻と論争になっているのと全く同じことか?)。どうしたものかなぁ。

 防犯対策はまだまだ十分ではない。日々、どうしたものかと気に病んでいるところである。■