素歩人徒然 情報を隠す 見せたくない情報、見せる必要のない情報
素歩人徒然
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情報を隠す


── 見せたくない情報、見せる必要のない情報

 東日本大震災における被害の実情が次第に明らかになっていくにつれて、私は自分にも何かできることはないかと思うようになった。しかしボランティアをするには齢を取り過ぎているので、義援金の寄付をする程度のことしかできない自分が何とももどかしく思われた。
 被害の状況を伝えるテレビ画面を見ながら、私は現場を直接見ることもなく遠くにいてメディアを通じて得た知識だけで被災の実態が分かった様な積りになるのだけはやめておこうと自戒している。しかし同時に、それとはまったく関係のない“どうでもよいこと”ばかり考えていたのを、ここに白状しなければならない。以下、それについて記しておこうと思う。

◆どうでもよいこと1「がれきとは
 被災地では、大量のがれきの後始末に苦慮しているという。テレビ画面で見る被災地の様子からもその実態が分かるような気がする。ただ、私が知っている“がれき”という言葉の持つ印象とは大分様子が違うようだ。
 がれきとは瓦や小石などのことで、本来は“瓦礫”と書く。“礫”は、かどが取れて丸くなった石のことであるが、これが常用漢字に含まれないので「がれき」とひらがな表記するようになった。テレビ画面で見る“がれき”は、日本家屋の残骸から生じた木材や壁土、流された自動車、家具など雑多な生活用品で占められているように見える。燃やそうと思えば燃えるものが多い。私の想像するがれきとは、倒壊した建物のコンクリートやレンガの破片などで、燃やしても燃えない物という印象が強い。

 最近は“がれき”という言葉は「捨てても構わない物」、つまり「産業廃棄物」の意味で用いられているらしい。言葉の持つ意味が時代とともに変わっていくのは、それはそれで仕方のないことだが、ひらがな表示にしないで“瓦礫”という漢字表記のままだったら「割れた瓦がお互いに擦られ、砕かれて小石になった様」が想起され、決してこのように誤用されることはなかったろうと思う。
 つまり、表意文字である漢字で“瓦礫”と書かなかった(漢字により想起される情報が隠された)ことによって、“がれき”の解釈が柔軟に行えるようになってしまったのである。言葉の表記法というのは実に難しいものである。

◆どうでもよいこと2「被害の実態
 被災地の状況を報ずるテレビ画面を見ているうちに、私は実際の状況とは少し違うのではないかと疑問を持つようになった。それは「画面があまりにも整い過ぎている」からである。誤解されることを恐れずにあえて書けば、少し「美し過ぎる」と感じたのである。実際は、もっともっと過酷な状況にあるのではないか。
 先ず、被災者の遺体が発見され収容される場面が皆無である点だ。たまに生存者が発見される場面(滅多にないが)は放映されるのに、遺体の収容される場面がないので何となく死傷者のいない、しかしそれでいて激しく損壊された災害現場を見ているという印象を与えている。

 実際は、想像を絶する程の過酷な現場なのであろう。そういう過酷な映像は注意深くカットされて“きれいに修正された”場面ばかりが放映されているように思える。
 これを情報隠蔽と言ったら言い過ぎであろう。一般の視聴者に見せるのは望ましくない悲惨な場面もあろう。子供が見たら心に傷を残すような場面もあるであろう。そういう場面はカットするのが普通の判断である。しかし我々大人の視聴者は、画面には出てこないけれど、そういう過酷な現場が存在したことを理解しなければいけないと思う。

 つまり、我々の周りには、見せたくない情報、あるいはあえて見せる必要のない情報が溢れている。それらを無分別に公開したら、ウイキリークスの例をあげるまでもなくいろいろと支障が出てくるのは明らかである。しかしどれを公開しどれを非公開にするか、つまり公開の是非を判断するのは大変に難しい。災害現場に限らず、我々の周りには常に、見せてよい情報と見せる必要のない(あるいは、見せない方がよい)情報とがあることを理解すべきである。

 プログラミングの世界ではこれを“情報隠蔽”(information hiding)と言うが、隠蔽と言うと何か悪いことをしているようで気にする人もいるから、ここでは“情報を隠す”と表現しておこう。たとえば、Cプログラムの世界では、

     #include <stdio.h>

のようにインクルードファイルを指定して(*)、その記述が必須ではあるけれど、初心者は知らなくても構わない情報として、別の場所に置いて見えないようにする。つまり、一般の人には見せる必要のないものとして隠してしまい、プログラムを単純にして当面の問題の核心に迫れるようにする。こうやってプログラムを分かりやすく、美しく見せる手段が用意されているのである。

【注】(*)
 C++ の世界では、

      #include <iostream>
      using namespace std;

 のように指定する。

 初心者プログラマはその存在を知らなくても構わないが、ある程度のプログラミング能力を備えてきたら、当然そういうものの存在を理解し、その内容にも関心を向けるべきであろう。
 これと同じように、我々は大震災の被害状況を伝える(美しく仕上げられた)テレビ画面を見せられても、その裏に隠された被害の実情を正しく読みとる能力を持てるようになりたいものである。■