素歩人徒然 床屋談義 日米の技術力の差 髪をすく アメリカ
素歩人徒然
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床屋談義


── 日米の技術力の差

 私は、最近よく“1000円床屋”を利用している。高い料金を払って有名理髪店でカットしてもらうほどの立派な頭の持ち主ではないから、自分には分相応だと思っている。待たされることもなく、短時間で仕上げてくれるので大変気に入っている。ヘアカットだけで洗髪はしないから時間が掛からないのだ。このタイプの床屋(*)はアメリカでよく利用していたのを思い出す。

【注】(*)“床屋”という言葉は、差別語なのだそうである。何でもかんでも“差別語”として槍玉に挙げる最近の風潮には我慢がならないが、ここではこれ以上深入りはしない。

 アメリカの床屋での経験を、以前、素歩人徒然「床屋」に書いて紹介したことがあるが、その欄へのアクセスが非常に多いことを以前から不思議に思っていた。「床屋」というごくありふれたタイトルなのに、何故多くの人が読みに来てくれるのか、その理由が分からなかったからである。ところが、ひょんなことからその理由が分かった。「床屋」と「アメリカ」という二つのキーワードを組み合わせて使って検索すると、検索結果のリストのかなり上位にランクされる存在になっていたらしいのである。

 なぜ「床屋」と「アメリカ」の組み合わせが必要になるのか。そこで私が知ったのは次のようなことである。日本人がアメリカへ行って比較的長く滞在すると、当然の結果として男なら誰でも(もちろん、ある種の人を除いて)床屋へ行かねばならなくなる。その時、床屋へ行くにはかなりの勇気と決断を要するという事実である。その苦労話がウエッブ上に沢山掲載されていることを知った。これらは、私の経験とも合致するものばかりであった。この二つのキーワードを使って検索する人が多いという事実が、それを裏付けているとも言えるであろう。

 要するに、アメリカの床屋を初めて体験する人が一番知りたい点は

(1) チップが必要かどうか。必要ならいくら置けばよいか
(2) 自分が希望する髪型をどうやって理容師に説明したらよいか
(3) 特に「髪をすいてほしい」ということをどう伝えたらよいか
に尽きるのではないかと思う。

 最後の“すく”という表現は、英語では“thin out”と言う。“thin out my hair”とか、既に髪の毛を話題にしているときは単に“thin it out”などと表現すれば通じる。アメリカにも“すく”という技術はあるのだ。ただし、彼らは思いのほか不器用だから、どの床屋でも期待通りにうまくやってくれると過信してはならない。

 先の記事「床屋」には書かなかったが、ヘアカットだけで洗髪しないとどうなるか。当然、頭にはカットされた髪の毛の一部が(それも、特に短いやつが)取り残される。理容師は、これを掃除機のような機械に接続されたホースの先で「グォー グォー」ともの凄い音を立てながら吸いとって取り除いてくれるわけだ。取り除くと言っても、それほど丁寧にやってくれるわけではないから(これはアメリカの床屋の話ですぞ)どうしても取り残しが出る。それがチクチクして不快なことこの上ない状態になる。私は、散髪が終わったらあまり身体を動かさないようにして急いで帰宅し、シャワーを浴びて全身から洗い落とすのを習慣としていた。それでも、短い毛が下着のシャツに付いてしまうとチクチクして、もう一日中、不快な思いをして過ごすことになるのが常であった。

 ところが、日本の1000円床屋ではそういうことがない。日本でも同じように「グォー グォー」と音を立てて吸い取ってくれるのだが、ほとんど取り残しがないのだ。あわてて帰宅してシャワーを浴びる必要などさらさらない。ありがたいことである。これぞ、素晴らしい日本の技術力の差ではないかと思う。ただし、吸いとる機械の方の技術か、カットしてくれた理容師さんの腕の方か、一体どちらの違いなのか、そこのところは定かではない。■